売れないものを売るのがデザインではない。

2025.03.12

名古屋のハイエンドブランディングR.D.C.のディレクター大石です。

最近、SNSを眺めていると「良いデザイン=売れるデザイン」という言葉をよく目にします。

もちろん、ビジネスにおいて“売れる”というのはとても大切な要素ですし、企業視点からすると「商品やサービスが売れるデザイン」を求めるのは自然なことです。ですが、本当にデザインの本質は「売れないものを無理に売るための手段」なのでしょうか。

私はそうは思いません。むしろ、本質的な価値がないものを、表面的なテクニックだけで売ろうとするのはデザインの仕事ではないと考えています。

ウルフ・オブ・ウォールストリートの「ペンを売れ」

映画『ウルフ・オブ・ウォールストリート』では、ジョーダン・ベルフォートが営業マンたちにセールスの極意を解説する際に「このペンを売ってみろ」という有名なデモンストレーションを行います。これは物語の終盤(エンディング近く)でも再び登場し、実はジョーダン本人が本人役でカメオ出演しているシーンでもあります。

出典:映画『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(2013)© Paramount Pictures.

映画の中でジョーダンは、「紙にサインをするためにはペンが必要だ」という状況を作り、ある種の“必然”を提示してみせます。

これが「ペンを売る=いかにそのペンの必要性を作るか」というセールスの要諦として描かれているわけです。

「価値や美意識の視覚化」としてのデザイン

では、デザインという言葉を聞いたとき、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。ある人は「デザインとは物事を良くすること」と言うかもしれませんし、別の人は「美的問題解決」だと言うでしょう。

また「アートとビジネスをつなぐもの」だという人もいます。どれも間違いではありませんが、解釈は人それぞれ。

私自身がグラフィックデザインやウェブデザインを実践する中で感じているのは、「デザインとは価値や美意識の視覚化」だということです。

たとえばロゴデザインでは企業やブランドの理念を象徴的な形や色で表現し、DMやフライヤーでは商品の魅力を一目で伝えられるレイアウトを考えます。ウェブサイトでも、ターゲットや目的に合わせた構成やビジュアルを作り込み、「何を大切にしているのか」を閲覧者に伝える工夫をします。

言い換えれば、デザインの役割は“中身”をわかりやすく、魅力的に見せるための方法論であり、物事の本質を“整えて可視化する”ことにあるのです。

どれだけ最新の技術や洗練されたフォントを使っても、本質的な価値が伴わないものは、やはり“それなり”の情報しか載せられない。

たとえば、100均で10本100円で売られているペンと、大手文具メーカーが開発に数年かけて作った高機能ペンでは、そもそも“見せるべき内容”が違うのです。

「ペンを売る」ために必要な視点

先述した映画の例にならえば、「このペンを売れ」と問われたとき、私たちデザイナーの仕事は「ペンそのものの質」や「このペンを生み出すに至った開発ストーリー」を拾い上げて可視化することです。

  • どうして生まれたペンなのか
  • ほかのペンとどう違うのか
  • 使う人にとってどんなメリットがあるのか
  • そのペンがあることで、どんな体験や価値を得られるのか

それらをロゴや色使い、レイアウト、言葉選びなどのデザイン要素に落とし込んで「ペンの良さ」を視覚的・感覚的に伝える。それこそがデザイナーの役割です。

もしペンにまったくそうしたエピソードや機能的な優位性がないとしたら、そこを補おうとするのは、もはやデザインではなく“誇大広告”や“まやかし”に近い行為になるでしょう。

私たちは「ない価値」を生み出す魔法使いではありません。あくまで存在している価値を正しく拾い上げ、最適な方法で伝えることがデザインの本質だと思っています。

「売れるデザイン」か「必要とされるデザイン」か

もちろん、「良いデザイン=売れるデザイン」という図式が常に間違っているわけではありません。魅力や世界観をうまく表現できれば、多くの人に商品の素晴らしさが伝わり、結果的に“売れる”可能性は十分あります。でも、そこには大前提として「商品やサービスに一定の価値がある」という事実が必要です。

「売るためには“何でもアリ”」と考えてしまうと、知らず知らずのうちに本質を見失い、表面的なテクニックやキャッチコピーばかりを追いかけることにもなりかねません。

そうして誇張された“フレーズ勝負”の広告やビジュアルが氾濫すると、最終的にはユーザーの信頼を損ねてしまいます。それはデザインの本来の役割から大きく外れてしまうはずです。

本質的な価値を可視化するのがデザイン

  • デザインは、対象の価値を正しく捉え、わかりやすく美しく伝えるための手段
  • 売れないものを無理やり売るための手法ではない
  • いくら上辺を飾っても、対象がそもそも持っている“中身”が乏しければ、その「乏しさ」はどうやってもにじみ出る
  • 大切なのは、「売れる・売れない」の前に、「必要とされている価値は何なのか?」を見極めること

ジョーダン・ベルフォートが「このペンを売れ」と言った場面は、セールスマンの話術を試すための例でした。一方でデザイナーにとっては「このペンにどんな価値があるのかを見極め、その価値をどう表現するか」という示唆に富んだ問いにもなります。

もし本当に“売れるペン”であれば、その良さをしっかり拾ってビジュアルや言葉、ストーリーに落とし込み、必要としている人にアピールすればいい。逆に価値がないのであれば、そこに妙な装飾を施して「ないものをあるように見せる」のはデザイナーの仕事ではありません。

繰り返しになりますが、売れないものを売るのがデザインではないのです。私たちは、すでにある価値を探り出し、それがもっと多くの人に伝わるように磨き上げ、形にする役割を担っています。

そして、適切な方法で正直に伝えた結果として“売れる”なら、それは素晴らしいこと。ですが、何もないところに価値を生み出す魔法は存在しません。

もし「良いデザイン=売れる」という言葉を目にしたときは、ぜひ一度立ち止まって、「その商品やサービスは、どんな本質的な価値を持っているのか?」を考えてみてください。

デザインは、その価値を真摯に見つめ、正しく見せるための手段なのだと私は考えています。